メガネドラッグのある風景

自由が丘店

メガネドラッグの店舗スタッフが店周辺の風景をお伝えします

2009年6月 御徒町店

御徒町

【御徒町の地名由来】
  御徒町という町が誕生したのは明治5年(1872年)のことです。 徳川三代将軍家光の頃、幕府徒士(かち)組の屋敷がこの一帯に多く置かれ、俗称として「御徒町」あるいは「徒士町」と呼ばれていました。 徒士とは下級武士のことで、御徒町の「御」は幕府の役職であることを重んじて付したといわれています。

アメ横

【アメ横】
  アメ横は御徒町駅北口を出てすぐのところにあります。 戦後物資不足の間隙をぬってヤミの商品が運ばれてきたのがこの市の始まりといわれています。
 終戦直後は40、50軒ほどだった店が、今では400、500軒にもなっています。 年末は歩くのにも困難なほど人で溢れ返ります。

上野広小路

【上野広小路】
  寛永寺が建立されるや上野は門前町として大変賑わいました。 中でも松坂屋の交差点あたりの上野広小路は庶民の娯楽、社交の場となり、見世物や屋台が開かれ、大賑わいだったようです。
 ちなみに広小路とは、火除け地のことです。防火の為、ある区域の住民を強制退去させて空き地としましたが、何時しか人が集まり、歓楽街となったようです。

めがねの碑

【不忍池・弁天島「めがねの碑」】
  徳川家康が愛用したメガネがモチーフ。 メガネの恩恵や先覚者の功績を顕彰して後世に残すために、明治100年を記念してメガネやレンズの業者組合によって昭和43年に建立されました。 毎年4月に碑の前で眼鏡供養祭が行われます。

駅伝発祥の地碑

【不忍池・駅伝発祥の地碑】
 日本で最初の駅伝は、大正6年4月27日~29日の3日間にわたり開催された、奠都50周年記念大博覧会「東海道駅伝徒歩競走」です。
 この駅伝のスタートは京都三条大橋で、ゴールが上野不忍池だったそうです。
今には無い長丁場だったみたいです。

喫茶店発祥の地

【喫茶店発祥の地】
 明治21年、日本人による初めての喫茶店「可否茶館」がオープンしました。 200坪の敷地に五間と八間の2階建て木造洋館だったそうです。
 1階にはトランプ、玉突き、クリケット、碁、将棋を揃え、更衣室や化粧室、シャワー室などの設備のほかに、内外の書物を取り揃え、閲覧できるスペースを用意。2階が喫茶室になっていました。
 当時、コーヒーが一杯1銭5厘、牛乳入りが2銭でした。 ちなみに当時「もりそば」は、8厘でした。

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