メガネドラッグのある風景


メガネドラッグの店舗スタッフが店周辺の風景をお伝えします

2007年12月 大和駅前店

大和

【大和市の位置】
  大和市は都心から40km圏内の神奈川県のほぼ中央に位置し、横浜・町田・相模原・藤沢・海老名・座間・綾瀬の各市に隣接する人口21万人の市です。
 東急田園都市線、相模鉄道本線、小田急線の3つの鉄道が東西南北に走り、東京は1時間弱、横浜へは20分で行くことができる位置にあります。

【大和市の歴史】
  大和市内の人類の足跡は、今から約23,000年前の旧石器時代の遺跡で確認されています。
市域を流れる引地川、境川に沿った台地には遺跡が点在し、質の高い石器類が発掘されています。数多くの石器類からは当時の人々が狩猟中心の生活をしていたことがしのばれます。
 大和の名は明治22年町村制が施行され、市域には鶴見村、渋谷村の2つの村ができました。その後、鶴見村では分村問題が発生し、それを収拾するために明治24年、村名を大和村に改称し、後に大和市となりました。

【厚木基地】
  約507万平方メートルの広大な敷地を有する厚木基地は、大和市の南西部に位置し、大和市並びに綾瀬市、海老名市の3市にまたがって所在しています。
このような中に所在する厚木基地は全国に類例のない「人口過密都市の中にある軍用飛行場」として、基地周辺の市民のみならず、広域にわたる多くの市民の日常生活に様々な影響を及ぼしています。

基地の歴史は昭和13年に旧日本軍が航空基地として定めたことから始まり、昭和20年の終戦により連合国軍を構成する米軍に接収され、後に米海軍第7艦隊の後方支援基地として現在に至っています。厚木基地は名称とは異なり上記の3市に所在しています。このことは多くの人の疑問になっているところですが、この名称の由来については次のようなことが言われています。
① この近隣で古くから宿場町、生産物の交易の場として栄えていた厚木町の名が全国的に知られていた為。
② 基地の所在を欺くなど、軍事上の理由により他の地の名が付けられた。
③ 大和基地とすると、戦艦大和や奈良の大和と混同しやすいから。
その他にも諸説はありますが、いずれも確証がなく今だに解明されていません。

【引地台公園】
  厚木基地のイーストキャンプの跡地に作られた緑とスポーツの総合公園。面積は10万平方メートルで、かながわ公園50選に選ばれています。
公園は広い自由広場を中心に、北広場、多目的広場、環境管理センターのゴミ焼却熱を利用した温水プール、そして、高校野球の県予選にも使用されている野球場などの設備があります。

【深見神社】
  雄略天皇の御代(478年)創建と伝わる。祭神は武甕槌神、健御名方神とされるが、武甕槌神は江戸期に勧請、健御名方神は明治期に合祀したもので、古来は雨乞いのため水の神として倉稲之魂神を祀っていた。
源頼朝をはじめ、武田信玄、太田道灌等の信仰厚く、武門の崇敬鄭重を極めた社であった。社地内には樹種がわからなかったため、なんじゃもんじゃの木として親しまれた市指定の天然記念物のハルニレの大木がある。
 深見神社は市内で唯一の延喜式内社で、相模国十三座の一つです。別称鹿島社とありますが、言い伝えによると領主坂本氏が茨城県鹿島神宮の祭神を勧請したためと言われています。

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